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デジタルリキッドバイオプシーへの展開

リキッドバイオプシーは、唾液・血液・脳脊髄液などの体液から、体の状態を低侵襲に読み取る診断技術です。しかし、疾患の兆候を伝える分子はごくわずかしか存在せず、しかもよく似た分子に紛れています。私たちは、標的を微小な反応容器に1分子ずつ閉じ込めて数え上げる「デジタルバイオ分析」を基盤に、感度と識別能の両立に取り組んでいます。核酸から酵素、細胞外小胞へと対象を広げながら、感染症・がん・認知症といった疾患を、より早く、より正確に捉える検査法を開発しています。

SATORI法の試料から蛍光分子の計数までを示す図

SATORI法 ― 核酸増幅を必要としない迅速・高感度な感染症診断

ウイルスや細菌などの感染症検査は、核酸を増幅して調べるPCR検査と、タンパク質などを標的にした抗原検査が一般的です。しかし、PCR検査は感度が高い一方で結果が出るまでに1時間ほどを要し、抗原検査は簡便で短時間に結果が出る一方で感度が十分ではありません。感度と迅速性を両立する検査法が、長く求められてきました。

私たちが開発したSATORI法(CRISPR-based amplification-free digital RNA/DNA detection)は、CRISPR-Cas13およびCas12による標的RNA/DNAの認識と、フェムトリットルサイズの微小反応容器アレイを組み合わせることで、増幅を行わずに標的を1分子ずつ数え上げます。Cas13およびCas12は標的を捉えると周囲の蛍光レポーターを次々に切断するため、微小容器に閉じ込めれば、その1分子の反応が明るい輝点として浮かび上がります。この原理により、5分以内という短時間で、fMレベルの検出感度を実現しました(Commun Biol(2021)、Anal Chem(2026c))。

さらに、検体中の病原体遺伝子を抽出する前処理工程から検出・定量までを自動化し、臨床検体を用いた急性呼吸器感染症(COVID-19やインフルエンザ)の検査を、わずか10~20分程度で完了できることを実証しました(Commun Biol(2022)、Cell Rep Phys Sci(2026))。これにより、原理実証にとどまらず、実際の医療現場で利用できる迅速検査技術へと研究を発展させています。

現在は、臨床現場のニーズに沿って、一度に検査できる項目数を増やす研究を進めています。Cas13aとCas13bを組み合わせることで、2種類のRNAを別々の色で同時に検出できるようになり、COVID-19とインフルエンザの同時検査を実現しました(Anal Chem(2026b))。また、核酸の精製工程を省いたDirect-SATORIにより、植物ウイルスの多項目診断にも応用しています(Anal Chem(2023))。

応用先は感染症にとどまりません。今後普及が見込まれるmRNA-LNP医薬が、将来スポーツドーピングに悪用される懸念に備え、競走馬理化学研究所との共同研究で検査法の確立を進めています。血液中のmRNA-LNP医薬品を、抽出も増幅も行わずに約10分・fMレベルの感度で直接検出できる全自動プラットフォームを構築し、ヒトとウマの血漿のいずれにも適用できることを示しました(Anal Chem(2026a))。

SEAP法の酵素1分子計測のワークフロー図

SEAP法 ― 酵素1分子の"はたらき"からがんを捉える

血液には多種多様な酵素が存在し、その活性の変化は体の状態を反映します。しかし従来の測定は、百万個から十億個という膨大な数の分子をまとめて平均するため、機能の似た酵素どうしを区別できませんでした。SEAP法(Single Enzyme Activity-based Protein Profiling)は、酵素を1分子ずつ微小な反応容器に封じ込め、その活性を1分子単位で読み取ることで、酵素のアイソフォームを識別できます。

具体的には、酵素のアイソフォームごとに反応性を最適化し、それぞれ異なる色で発光する蛍光基質を用いることで、酵素1分子の種類を識別する技術を開発しています。一つの微小反応容器に閉じ込めた酵素が、「どの基質に、どの程度反応したか」という固有の反応パターンを多色の蛍光で読み取ることで、その1分子がどのアイソフォームであるかを判別できます。

これまでに、ホスファターゼ類(Sci Adv(2020)、Cell Rep Phys Sci(2026))、エステラーゼ類(Adv Sci(2023))、ペプチダーゼ・プロテアーゼ類(Cell Rep Methods(2024))など、多様な酵素群を1分子単位で識別・定量できることを実証してきました。さらに、本技術の社会実装を担うスタートアップとしてコウソミル株式会社(Cosomil, Inc.)が誕生し、デジタルリキッドバイオプシーを活用したがんの早期診断の実現を目指して研究開発を進めています。

Digital SERS法による酵素の1分子識別を示す図

Digital SERS ― 蛍光検出できない生体分子の検出・多種同時検出に向けて

1分子デジタル計数法では、酵素反応の読み出しに蛍光がよく用いられますが、この方法では、似た反応を触媒する酵素どうしを見分けることが困難でした。分子構造のわずかな違いを鋭敏に反映するラマン散乱光は識別に適していますが、信号が微弱で、そのままでは1分子計測に使えませんでした。

そこで私たちは、微小試験管の底面に銀ナノ粒子の凝集体を固定化し、その表面増強効果によって、酵素1分子の反応生成物に由来するラマン散乱光を最大100万倍まで増幅することに成功しました。さらに、特定の波数の信号だけを捉える広視野型の高速ラマン顕微鏡により、約4万5千個の試験管を8.5分で計測でき、アセチルコリンエステラーゼでは従来法の約100倍にあたる10 fMレベルの感度を達成しました。

生成物の構造の違いはSERSピークの波数の差として現れるため、従来は区別できなかったアセチルコリンエステラーゼとブチリルコリンエステラーゼを、識別しながら同時に定量できます。臨床検体を用いた評価では、脳脊髄液中のアセチルコリンエステラーゼの分子数が血管性認知症の患者で有意に少ないことを見いだし(ROC曲線のAUCは0.8)、認知症の層別化に使える可能性を示しました(PNAS(2025))。

新しい計測対象への展開を示す図

新しい計測対象への展開

リキッドバイオプシーの対象は、核酸やタンパク質だけではありません。細胞外小胞(エキソソームなど)や、代謝物などの小分子もまた、体の状態を反映する重要な情報源です。これらは、細胞の活動や組織の変化に応じて、その量や組成が変化するため、疾患の兆候や進行を捉える新たな指標として期待されています。多様な分子や粒子に着目することで、核酸やタンパク質の解析だけでは得られなかった生体情報を引き出すことを目指しています。

私たちは、これらを1粒子・1分子の単位で計測するための新しい手法の開発にも取り組んでいます。個々の粒子や分子を捉えることで、集団の平均値に埋もれてしまう性質の違いや、少数しか存在しない成分を識別・定量することを目指します。対象ごとに最適な反応系とデバイス、検出・解析手法を設計することで、測れる分子の種類そのものを広げていきます。さらに、異なる種類の生体情報を組み合わせることで、疾患を多角的に捉え、診断できる疾患の幅を拡張していきます。

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